鶴御崎灯台

鶴御崎灯台

大分県鶴御崎の先端。ここに鶴御崎灯台が建設された。

定められた初点(灯台の最初の点灯をこう呼ぶ)は1981年3月25日。

当時私は北九州市内のC電気株式会社に勤めていた。

C電気は各地の灯台工事に実績があったが、この鶴御崎灯台のような新設の灯台は珍しかった。

機械工事を担当したC電気からは先輩であるIさんと私が現地で作業にあたり、

あらかたの工事を終えて、私一人が現地の梶寄の民宿に残って灯器(点灯装置)の取り付けをのこすのみであった。

予定では初点の前日3月24日に灯器を取り付け完了のつもりであった。

 

ところが、3月24日の朝、目覚めると外は土砂降りの雨。

灯台は海面から197mもあり、途中の道路はつい最近自衛隊がブルドーザで切り開いた赤土で

急傾斜の上、車一台がやっと通れる道幅しかない。

とにかく覚悟を決めてトラックで登り始める。

なにしろ赤土のところへ、大雨でタイヤがスリップしt少しも登れない。

あたりの木の枝をむしってはタイヤに敷きこんで滑り止めにし、少しずつ登れるようになった。

普段であれば歩いて40分ほどの道のりをトラックで2時間以上もかかってやっと灯台までたどりついた。

 

次は灯器を灯台の最上階(この灯台は4階建て)に引き上げなければならない。

灯台は各階を貫いて四角い開口をはしごで最上階に上がる構造になっており、

私一人で灯器を最上階に上げるにはロープで引っ張り上げるしか手段がない。

灯器の重さは約30Kg。足場がよければ持てない重さではない。 

だが、ロープで垂直に引き上げるとなると簡単ではなかった。

途中まで引き上げるとすぐに腕がなまってきた。

なんとか、ロープの端をはしごの金物に結び付けて小休止することができた。

夕方4時ごろまでかかってようやく灯器を所定の位置に取り付けて、水平をだし、

明日の点灯を待てる状態になった。

 

灯台の外へ出てみると、雨はすでにあがって一面の濃霧。10m先も見えない。

ここで野宿はできないので、トラックのエンジンをかけて道を下り始めた。

しかし、濃霧で道は見えない。

道の右側はどこまでかわからない絶壁の奈落、左側の山肌がわずかに見えるだけだが、

ほとんど目をつぶる思いでそろそろと下る。宿にもどるとあたりはすでに暗くなっていた。

 

翌日は昨日の雨がうそのような快晴。

灯器メーカーの技術者、たしかTさんという方だったと記憶するが、

その人とまた灯台に登り点灯試験をして山を降りる。

翌日ふもとの公民館ではこの日を祝う地元の主催の祝賀会が盛大に行われた。

初点の日はくしくも私たち夫婦の結婚10年記念日だった。

 

歳を重ねて金婚式の数日後ふたたびこの地を訪れた。

雨模様で風もあったが、妻と灯台を見上げて過ぎた50年を思い返した。

 

「星を数えて 波の音聞いて

共に共に過ごした 幾年月の

よろこび 悲しみ 目に浮かぶ

目に浮かぶ」

(若山彰 喜びも悲しみも幾年月)

 

大分海上保安部からいただいた航空写真

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